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 写真集 山河秀麗 DIARY

ネイチャーフォト・アウトドア・RV車・樹・ぼやき etc  写真集 『山河秀麗』 の DIARY

更新が滞っていましたね。  キノコの話

IMG_8827m.jpg
数年前から 光るキノコに魅せられています。

ひとつは 月夜茸でいまひとつは シイノトモシビタケです。

どちらも 夜に光るのですが 光るメカニックは蛍と同じとか

  また 後に詳しい話をここにアップします















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  1. 2008/10/09(木) 09:26:27|
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私の西吉野考

おじいちゃんの紅梅
この地を訪れる楽しみがいくつかあります。
桜の時期をわざわざ電話でお知らせいただく方
撮影しているとお茶をと進めていただいたあの方
栽培しているケイシュウ桜の束をお土産に、また
庭の梅をお披露目していたただける方などなど気持
ちよく受け入れていただいてその数にはキリがありません。
そんな中 紅梅のおじいちゃんが一昨年だったか亡くなられ
昨春からお会いできなくなっている。
しかし大阪の吹田に居られる息子さん家族はその意思を引き
継いで昨春も今年も自由に拝見させていただけた。
おじいちゃんのあの笑顔には合えないけど・・・。
わが亡き母のことと重複して思い出されるのです。

『おじいちゃんおばあちゃん永遠に安らかであれ』
  1. 2008/04/01(火) 15:13:43|
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ストロボで雪

IMG_4966001m002.jpg
正当な手法で無いかもしれませんが
ここに記録しておきますね。

掲示板より

種明かししますね。(^_^)v

いまさら人に聞けない・・・。なんて
これはオレ流かも知れないので あしからず
いい加減な『教えたろ 叔父さん』かな タハハ(^^ゞ
今回は
これしかない長玉の35-350mmで
絞り開放
露出はAUTOはだめで 測光してマニュアルにして
ストロボは後幕シンクロで こんな感じです。

ストロボは持ってても使ったこと無くて
結婚式くらいなので 勝手がわからず
シャッター押すと前後に光るので
前の測距用で弱い光 後からホンチャンなのかな
はじめはそれがわからなくて なんで二回光るねんゃ ってね。
雪の薄いのが前の光なのかな 濃いのが後の光かも。

露出のAUTOはストロボでむちゃむちゃ真っ黒けになります。
私のはデジタルなので現像時に補正で救われました。

隣で年配の京都と滋賀の方は11か16に絞り込まないと
仰って居ましたが雪のためには絞り開放が本当だと思います。
もう少しオーバー気味がいいかもぉ。
ストロボももう少し設定をいじればいいのかもね。
こんなんで間違ってるかな でも結果オーライ的かもね。

もっといいノウハウあれば教えてね。(^^ゞ 




補助光」
淡い月明かりと窓の照明以外はストロボのみで他にはありません。薄いほうが大きく写っていますよね。ということは私のストロボの前の薄い分としか考えられないのです。
あと可能性として4-5人居ましたから横の人のストロボを拾って居るのでしょうかね。でもこれまでの他の人のでは
ツートンの雪は見たこと無いですよね。あるかなぁ。

追伸
京都と滋賀の方は降っている雪を流していたのかもね。
やってみないとわかりませんが 絞りこむ必要があるかは
疑問ですが・・・。???
  1. 2008/03/05(水) 10:43:53|
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祝 ホームページ開設 窪田諭人氏

あの前田真三賞の受賞者でもあり
 JNP 奈良第二支部の先輩でもある
窪田諭人がご自分のホームページを立ち上げました。

窪田さんのこだわりの奈良を堪能してください。


************************************

題名
 DRAMATIC WATER
窪田諭人 水の劇場
 PHOTO GALLERY
hp url
http://www6.ocn.ne.jp/~dramatic/

************************************
  1. 2007/10/29(月) 23:27:24|
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長井氏の御霊に奉げる。

長井氏の御霊に奉げる。

ミャンマーの一カメラマンの死
それを聞いて私にすれば
いたたまれなく やるせない思いがある。

目前から射撃され倒れこむ姿がリアルに
映像として残され そして倒れこんでも
カメラマン魂をそのままに撮影をしつづける
あの姿を見ていたたまれないのです。
使命感を持って何が何でも伝えなければと
撮影を続けるあの姿は気高く尊い。

ただ世界各地の紛争地に飛び込んで撮影する
だけではなく単なる通り過ぎた点にはしないで 
被害にあった弱者である子供達にも熱い視線を
送って支援をし続けていたようです。

彼はまだ私よりは少しは若い方であるが 
おそらく今から約30年ほど前後の
カメラブーム〔これ以外もありますが〕等の
同じ時代に生きた同じ思いを持った方だと
思えてなりません。

あの銃から銃弾が発射され倒れこむ彼の姿を
見ていて我が身にぶち込まれたような
痛みを感じます。

前後して時代背景にはベトナム戦争を初めとして
醜い争いが世界的に存在しています。
いまも変わらず世界各地でドンパチと・・・。

そんな中で戦火にあえぐ人々を撮らえ世界に発信して
偉大なピリッツアー賞を受賞した 沢田氏に
憧れた一人である私には 衝撃を受けた映像です。

私自身、戦場カメラマンとしてではなくとも
社会派 ドキュメンタリーな写真をわがジャンルに
したいと常に心の中で描いておりました。
であって いつ何時でもカメラを離さず 何時どこに
居てもまるでハイエナのようにそんな映像を求めて
視線でまさぐっていたのです。それは今でも変わらず
続いています。

いつの間にか 社会派の積りがスナップ派へそしていつ
のまにやら風景写真へと 私の羅針盤は進路を大きく
変えていますが
心の奥底には初心は存在しています。

阪神大震災の時は 私の望んでいた最大の被写体で
あったかも知れないのですが 同じ神戸市民としては
カメラを向けることは出来ませんでした。私自身は震源地
から近いにも関わらず意外と被害も少なかったのですが
 仕事以外ではあの年の年末までカメラを封印していました。
身の回りの人の耐え難い姿を目の当たりにしてカメラを向ける
ことは出来ませんでした。
 十年以上経った今でもこのことは私にとって良否の結論は
まだ出ていません。しかし その年の年末のルミナリエの
第一回の試験点灯がその封を解いた時でした。
あの日はルミナリエがソフトフォーカスになっていました。

写真を始めた頃には
浜松の五月の凧揚げではガラス片をタコ糸に編みこんで敵の
タコ糸を切り落とすために糸をすり合わせて落とし会いをする。
そんな中に飛び込んで私の首の両横で前後に行ったり来たり・・・。
 とか
今では全国的な兵庫の『灘の喧嘩祭り』では神輿をひっくり返し
ぶつけ合いして壊すことで神様が喜ぶとされています。
殆ど ここの画像は高台からの遠景が多いのですが満た
されない私は神輿の直ぐ横まで飛び込んで撮影をしていました。

こんな話は戦場カメラマンからすれば 鼻垂れ小僧のお遊びで
すが 根底に流れるものは同じような精神が基となっていると
私は信じています。
私などに出来るのはこんなたわいも無いことしか出来ないですが・・・。

長井さんの御霊よ安らかにお眠りください。
      合掌   
  1. 2007/09/29(土) 18:49:49|
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